揉めない遺産相続|生前贈与と資産管理で防ぐ家族トラブル

「うちの家族に限って相続で揉めるわけがない」。そう信じていた家族ほど、いざ相続が発生すると深刻なトラブルに陥る傾向があります。家庭裁判所で扱われる遺産分割調停の件数は年間約1万3,000件。そのうち約75%が相続財産5,000万円以下という統計が示すように、相続トラブルは資産家だけの問題ではありません。

本記事では、介護施設への入居や親の高齢化を機に相続対策を考え始めたご家族に向けて、編集部が実務家への取材や裁判例を基に整理した「相続トラブルTOP3」と、生前贈与・資産管理で防ぐ具体策を解説します。なお、税務・法務判断は今後税理士・弁護士監修を予定しており、個別ケースは必ず専門家にご相談ください。

相続トラブルTOP3

トラブル1: 遺留分侵害

遺言書で「長男に全財産を相続させる」と書かれていても、他の相続人には遺留分という最低保障の取り分があります。配偶者・子・直系尊属には、法定相続分の2分の1(直系尊属のみなら3分の1)の遺留分が認められます。

たとえば夫が亡くなり、妻と子2人が相続人の場合、法定相続分は妻1/2、子各1/4。遺留分はそれぞれの半分(妻1/4、子各1/8)です。遺言で特定の子に全額を相続させても、他の子は遺留分侵害額請求により金銭での支払いを求められます。

2019年の民法改正で、遺留分は金銭請求に統一されました。以前のような「不動産を共有名義で取り戻す」方式ではなくなったため、遺留分を侵害された側は現金での支払いを求めます。指定相続人の側に現金がないと、不動産を売却して支払う事態に発展します。

トラブル2: 名義変更漏れ・凍結口座問題

親が亡くなると銀行口座は即座に凍結されます。凍結解除には相続人全員の実印・印鑑証明・戸籍一式が必要で、兄弟の1人でも協力しないと数ヶ月〜数年凍結が続きます。葬儀費用や施設未払い分の支払いに困るケースが頻発しています。

2019年の民法改正で「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」が創設され、相続人1人あたり預金額の3分の1×法定相続分(上限150万円/金融機関)まで単独で引き出せるようになりました。これで葬儀費用の当座は対応できますが、根本的な解決にはなりません

不動産の名義変更(相続登記)も従来は任意でしたが、2024年4月から義務化され、相続を知ってから3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科されます。親世代が放置してきた「おじいちゃん名義のままの実家」が大量に問題化しているのが現状です。

トラブル3: 預金の使い込み疑惑

親の介護を担った子が、親の預金から介護費用や生活費を引き出していた場合、他の兄弟から「使い込みではないか」と疑われるトラブルが非常に多いです。介護者本人は正当な支出のつもりでも、領収書や記録がないと立証できず、最悪の場合は不当利得返還請求訴訟に発展します。

防ぐための資産管理5原則

原則1: 通帳の動きを可視化する

親の口座管理を代行する場合、以下を徹底してください。

  • 引き出しは必ず親本人の同意を得る(電話・LINEでも記録を残す)
  • 使途と領収書を「介護ノート」に記録
  • 可能なら親本人と一緒にATMに行く
  • 月次で兄弟にLINEグループで収支を共有

「使い込み」と疑われないための最大の防御策は、透明性の担保です。

原則2: 年間110万円の非課税枠を活用

暦年贈与の基礎控除(年間110万円)は2024年改正後も維持されています。ただし、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算されます(3年超〜7年前の4年間分は合計100万円まで非算入)。この改正により、早めの贈与ほど相続税対策として有効になりました。

原則3: 相続時精算課税制度の再評価

相続時精算課税は、2,500万円までの贈与を非課税で受けられる制度。従来は「贈与分が全額相続財産に加算される」デメリットがありましたが、2024年改正で年間110万円の基礎控除が新設され、使い勝手が劇的に向上しました。基礎控除分は相続財産に加算されないため、長期的な贈与計画に組み込みやすくなっています。

一度選択すると暦年課税に戻れないため、資産規模・家族構成・年齢から慎重に判断してください。

原則4: 名義預金に注意

親が子名義の口座に入金していても、通帳・印鑑を親が管理し、子が存在を知らない場合、税務署は「名義預金」と判断し相続財産に含めます。生前贈与として認められるには、①贈与契約書の作成、②子本人が口座を管理、③贈与税の申告(110万円超の場合)の3点セットが必要です。

原則5: 不動産の共有を避ける

相続財産に不動産が含まれる場合、兄弟で共有名義にするのは極力避けてください。共有者の1人が認知症になったり亡くなったりすると、売却・活用に全員の同意が必要となり、身動きが取れなくなります。可能な限り、誰か1人の単独名義にし、他の相続人には代償金を支払う「代償分割」を検討します。

配偶者居住権という新制度

2020年に新設された配偶者居住権は、残された配偶者が自宅に住み続ける権利を保障する制度です。従来は「自宅の所有権を相続すると他の財産を受け取れず生活費に困る」というジレンマがありましたが、配偶者居住権(使用権)と所有権を分離することで、配偶者は住居を確保しつつ預金も相続できるようになりました。

特に高齢の配偶者が残されるケースで活用価値が高く、遺言書で設定する方式が一般的です。

ケーススタディ

ケース1: 生前贈与で遺留分トラブルを回避したEさん家族

Eさん(55歳)の父(80歳)は、長男に事業を継がせたいため「長男に全財産」の遺言を書くつもりでした。しかし姉2人の遺留分侵害が確実だったため、税理士と相談し戦略を変更。姉2人には毎年110万円を10年間にわたり暦年贈与し、長男には残りを遺言で相続させる方針に。姉2人は合計2,200万円を非課税で受け取り、遺言内容にも納得。相続発生時に揉めることなく手続きが完了しました。

ケース2: 介護記録がなく兄弟絶縁に発展したFさん

Fさん(50代)は、実家で認知症の母を7年間介護。その間、母の口座から生活費・医療費・施設ショートステイ費用を引き出していましたが、記録は一切残していませんでした。母の死後、遠方に住む弟が「7年分の引き出し明細を見せてほしい。使い込みではないか」と主張。Fさんは正当な支出を立証できず、最終的に1,000万円の返還を命じる調停結果となり、兄弟は絶縁状態に。「記録さえ残していれば」と深く後悔しています。

家族信託で認知症リスクを回避

親が認知症になると、たとえ家族でも親の預金を動かせず、不動産の売却も不可能になります。これを防ぐのが家族信託(民事信託)。親(委託者兼受益者)が子(受託者)に財産管理を委託する契約で、親が認知症になっても受託者が資産を運用・処分できます。

  • 初期費用: 50〜100万円(不動産含む)
  • 月額費用: 原則不要(成年後見と異なる点)
  • 設定条件: 親の判断能力があるうちのみ契約可能

介護施設入居に伴う実家売却や預金管理をスムーズにするため、入居検討のタイミングで司法書士に相談する価値があります。

やっておきたいチェックリスト

  • 親の全資産(預金・不動産・証券・保険)を一覧化
  • 遺言書の作成(公正証書遺言推奨)
  • 生前贈与の年間計画(税理士と相談)
  • 通帳管理ルールを兄弟で合意・文書化
  • 相続登記が未了の不動産がないか確認
  • 家族信託の適用可否を検討
  • 生命保険の受取人を確認・変更

まとめ: 相続トラブルは「予防」がすべて

相続トラブルは、起こってからでは取り返しがつきません。遺留分、名義管理、使い込み疑惑の3大トラブルは、生前の透明性確保と専門家への早期相談でほぼ防げます。大切な親のことだからこそ、元気なうちに家族で話し合い、記録を残すことが結果的に家族の絆を守ります。

個別の税務判断・遺留分計算・家族信託設計は、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。ケアナギ編集部では、今後専門家監修記事を順次公開予定です。

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