家族信託で認知症に備える|信頼できる家族に託す仕組み

「親が認知症になった途端、銀行口座が凍結されて施設費用が払えなくなった」——近年、こうした相談が急増しています。2025年には65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症に達すると推計されており、認知症後の財産凍結リスクは他人事ではありません。

この問題への有力な対策が家族信託(民事信託、本人が信頼できる家族に財産管理を託す契約、認知症後も機能する点が成年後見と異なる)です。本記事では、家族信託の仕組み・成年後見との違い・費用相場・使えるケースを、施設入居を検討するご家族向けに解説します。

家族信託とは(3分で理解)

家族信託とは、元気なうちに自分の財産の管理権限を信頼できる家族に託し、自分のために運用・処分してもらう契約です。2007年の信託法改正で営利目的でない「民事信託」として一般家庭でも使えるようになりました。

最大の強みは、認知症になっても契約が生き続ける点です。通常の委任契約は本人の判断能力喪失で効力を失いますが、家族信託は本人の判断能力に関わらず、受託者が財産管理を継続できます。

具体的には以下のようなことが可能になります。

  • 認知症発症後も、子が親の自宅を売却して施設入居費に充てる
  • 定期預金を解約して医療費・施設費に充てる
  • アパート経営の賃料回収・修繕契約を子が代行
  • 本人の口座凍結リスクを回避

成年後見制度との違い(比較表)

家族信託としばしば比較されるのが成年後見制度(判断能力が低下した人の財産・契約を法的に代行する制度、法定後見と任意後見の2種類)です。両者は似ているようで大きく異なります。

項目 家族信託 法定後見 任意後見
契約時期 判断能力があるうちに契約 判断能力低下後に家裁申立 判断能力があるうちに契約し、低下後に発効
財産運用の自由度 高い(契約で自由設計) 低い(家裁の許可必要) 中(任意後見監督人の監督下)
自宅売却 契約で許可されていれば可 家裁の許可が必要 任意後見監督人の同意必要
報酬 家族なら無報酬も可 月2〜6万円(親族後見は無報酬も可) 月2〜5万円(監督人報酬含む)
本人死亡時 契約終了(次の受益者へ承継可) 終了 終了
柔軟な資産運用 可能 原則不可(保守的運用のみ) 限定的に可能

家族信託のメリットは、本人の希望(例:自宅を売却せず賃貸活用)を契約で事前設計できる点、裁判所の関与がなくスピーディに判断できる点です。一方、成年後見は、身上監護(入院契約・介護契約の代行)ができる強みがあります。介護施設への入居契約そのものは家族信託では代行できないため、家族信託+任意後見契約(元気なうちに将来の後見人を自分で決める契約、家庭裁判所の監督付き)の併用が理想的です。

家族信託の3つの登場人物

家族信託には3つの役割が登場します。

  • 委託者(いたくしゃ、財産を信託に預ける本人):通常は親
  • 受託者(じゅたくしゃ、財産管理を任される家族、信託財産の管理・運用を行う):通常は子
  • 受益者(じゅえきしゃ、信託財産の利益を受け取る人、通常は委託者本人が兼ねる):最初は親本人

親が委託者兼受益者、長男が受託者というのが典型的なパターンです。親の財産の管理権は長男に移りますが、利益(賃料・売却代金・預金利息) は親本人が受け取る仕組みです。このため、信託契約そのものに贈与税はかかりません。

親の死後は、契約で定めた次の受益者(配偶者や子)に受益権が移ります。これにより、遺言と同様の財産承継効果を得られます。

契約の流れと費用

家族信託の設定は一般に次のステップで進みます。

  1. 家族会議:親子・兄弟姉妹で目的と方針を合意(揉めごと予防に最重要)
  2. 専門家相談:家族信託に精通した司法書士・弁護士に設計依頼
  3. 信託契約書案の作成:受託者の権限範囲、受益者変更、終了条件を明文化
  4. 公証役場で公正証書化信託契約(家族信託の法的な契約書、公正証書で作成するのが一般的)を公証人立会で作成
  5. 信託口口座の開設信託口口座(受託者が信託財産を管理する専用口座、個人口座と分別管理)を金融機関で開設
  6. 不動産信託登記:自宅・アパートは法務局で信託登記

費用の目安: - 専門家報酬:信託財産の0.5〜1.5%(最低30万円、上限100万円程度) - 公正証書作成費:3〜10万円 - 登録免許税(不動産):固定資産評価額の0.3〜0.4% - 合計:30万〜100万円(財産規模と複雑さに応じる)

初期費用は成年後見より高めですが、成年後見では月2〜6万円の報酬が10年以上かかるケースもあり、長期では家族信託の方が総額で安くなる場合があります。

活用できるケース / できないケース

向いているケース

  • 自宅・預貯金の凍結を避けたい(施設入居費を親の資産で払いたい)
  • 賃貸アパートを持っており、認知症後も運用を続けたい
  • 配偶者の死後、子に財産を承継させる順序を決めたい(受益者連続信託)
  • 障害のある子に、自分の死後も生涯安心の財産管理を残したい

向かないケース

  • 本人がすでに認知症で判断能力が不十分(契約締結能力が必要)
  • 家族関係が悪く、受託者を任せられる人がいない
  • 財産がほぼ年金と少額預金のみ(費用対効果が薄い)
  • 身上監護(入院・介護契約)だけが目的(これは任意後見で対応)

信託できる財産とできない財産

信託可能 信託不可
預貯金(信託口口座経由) 年金受給権(一身専属権)
自宅・土地・アパート 農地(農業委員会許可が必要で実務上困難)
有価証券(対応証券会社限定) 生命保険の契約者変更(個別対応)
自社株(事業承継信託) 債務(負債は信託できない)

注意点:年金は本人口座にしか振り込めないため、信託口口座に直接振込はできません。本人口座から信託口口座に毎月定額振替する運用設計が必要です。

ケース例

成功例:Aさん(78歳男性)・長男との家族信託

Aさんは妻と自宅に同居、預貯金2,500万円、自宅評価額3,000万円。軽度認知症の診断前に、長男(52歳)を受託者とする家族信託を設定(専門家費用70万円)。

2年後、認知症が進行し特別養護老人ホームへの入居を決定。入居一時金不要の特養だったが、月額費用12万円を信託口口座から毎月支払う運用を確立。さらに自宅の売却(評価額3,200万円で成約)も、長男が受託者として単独で実行でき、売却代金を信託口口座に入れて将来の医療費に充当した。

ポイント:家族信託がなければ、成年後見の家裁申立が必要で自宅売却許可に3〜6ヶ月の遅延が発生していた。

失敗例:Bさん(82歳女性)・家族信託を検討せずに凍結

Bさんは独居、預貯金3,000万円、自宅評価額2,500万円。長女(55歳)は「うちは仲が良いから必要ない」と家族信託を見送り。2ヶ月後、Bさんが脳梗塞で倒れ、認知機能が急激に低下。口座から施設入居金を引き出そうとしたら銀行に凍結された。

成年後見を申立(専門家後見人が選任、月3万円報酬確定)、自宅売却には家裁許可が必要で施設入居まで8ヶ月遅延。その間の介護・家賃・医療費は長女が立替。

教訓:判断能力があるうちにしか家族信託は組めない。「うちは大丈夫」は最大のリスク。

専門家への相談が必須

家族信託は設計の自由度が高い反面、設計ミスが致命傷になる制度です。例えば信託口口座を作らず受託者の個人口座に混ぜてしまう、信託登記を怠る、税務対応を誤る等で、効力が無効になったり贈与税が発生するケースがあります。

必ず家族信託に精通した司法書士・弁護士(一般民商事法の案件数が年間10件以上など実績基準を確認)に相談し、必要に応じて税理士と連携してもらいましょう。無料初回相談を実施している事務所が多いので、複数比較がおすすめです。


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